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『磯魚の生態学』

『磯魚の生態学』読み終える。先週の日曜日、板橋区の図書館で借りた本だ。借りてもちゃんと読むかな、どうかなと迷っていたのだが、タダで借りられるのだからちょっとでも読みたいと思うなら借りてみよう、と思いストンと気持ちよく借りた。

それは大正解だった。最初に惹かれたのは挿絵の素晴らしさ。画家の真剣なまなざしと指先を感じさせる、緊張感と思いきりの同居する揺らいだ一本線が、思わず溜め息をつくほど見事に個々の魚の表情と美しい身体の線をとらえている。今にも目をくるくるとまわして泳ぎだしそうだ。次にどんな魚が出てくるかと、ページをめくるのが楽しみだった。

そして、そうやってページをめくるうちに、内容に引き込まれていった。むかしの学者は、なぜこんなにも幅が広くて機知に富んでいるのだろう。北杜夫の(北杜夫、も変換できない携帯とは何だ)『どくとるマンボウ昆虫記』にも似て、魚を語るその筆が活き活きと歴史を語り、人間の社会を語る。その語り口は慎み深く、生き物に対する敬意に満ちている。

著者の奥野さんは、学生時代に海中で出会った大きな年老いたコブダイの姿に魅せられて、魚類の研究に傾倒していったのだという。そのコブダイの体のあちこちに刻まれた古い傷跡が、一尾の魚が目に見えないほどの小さな卵として産み落とされてから十数年、数限りない生命の危険をくぐりぬけて生き抜いてきた歴史をまざまざと示していたというのだ。奥野さんの視線は、その後も一貫している。一つ一つの生き物にじっくりと目を向け、その生活を敬意と好奇心のまなざしで見つめている。

「難しい数式をひねくり回し、利己的遺伝子にすべてをもっていく最新式の生態学は大学の研究者にまかせて、私たちはじっくりと生き物を観察しよう。生き物を観察しながら、いろいろと考えよう。研究ではなく、生き物に学び問いかける、「学問」をしよう。するとそこから、人間のこともいろいろと見えてくるはずである。」

こんな豊かな学びの心を持った人間になりたい。


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