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・308

母の買い物を待つ間、冬の百貨店の屋上の淋しいペットショップで万引きを疑われた。屋上の地面は緑色に塗られていて、植込みからこぼれた枯れ葉やレシートみたいなゴミが冷たい風に吹き寄せられて、細かく目を引く蛍光灯の光に照らされていた。母と別れた時にはわずかに残っていた空の明るさももうビルの間に沈んでしまっていた。黒いコートを着て、犬の首輪につける金具を手慰みに見たあと、それをポイと紙の箱に戻してペットショップの建物を出たところを、ちょっといいかなぼく。今盗ったでしょう、と声をかけられた。盗ってないですよ、と心は憤然として、声は弱気に言いながら、確かにコートの内ポケットに入れたようにも見えただろうなと思った。ブラックジャックにあこがれていたから、あたかも内ポケットにメスが入っているかのような気分で、コートの中に手を入れてみる、ということをよくやっていた。その動作を勘違いされたのに違いない。結局その場でおれのコートからは当然何も出てこなかったから、でも店員のおじさんは(もうどんな人かも覚えていない)疑いを解いたというよりは首輪の金具一つを諦めたというような感じのまま、おれは放免された。戻ってきた母がおれの様子がおかしいのに気づいてどうしたん、と訊いた。おれは一部始終を母に話した。きっとそれですっかり安心しきってすべては済んだのに違いない、その後母がどうしたのか、その店員さんに何かを言ったのかそうでなかったのか、それはまったく憶えていない。ただ、屋上のゴミと蛍光灯の光の色をとても淋しいものとして、そしてそれ以上に母の派手な顔を見たときの安心感をくっきりと記憶している。



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