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政治なんて、特別なことでもなんでもない

この選挙を経て、初めて思い至ったことがある。

きっと多くの人がそうであるように、選挙のたびにいろんなことを考える。誰に投票しようかな、どう違うんかわからんな、この人偏ったこと言ってんな、いい人そう/悪そうな顔してんな、あの友達はこの候補のこと好きそうやな、この人が有力って言われてるけどほんまかな、裏で操作するみたいなことほんまにあんのかな、あぁやっぱりこの人になるんか、等々。

その全ての根底にいつも「分からなさ」とか「分かりあえなさ」とか「届かなさ」のモヤモヤした感覚がある。この感覚の原因を見つけて潰さないと、自分はいつまで経っても本気で政治に関わろうという気になれない。

ここ数日でようやく、そのモヤモヤを乗り越えるためのモトになりうる考えが形になってきた。「政治は特別なことでもなんでもない」ということだった。

「よく分からない」「遠い」と思っていたものが、いざ自分がそこに身を置いたり事情を知ったりしてみると「なんだ、こんなに普通だったのか」とか「自分自身のあり方と地続きだったのか」と思うことがある。たとえば、
・小3のころ、中1はとてつもない大人に見えていたけど、自分がなってみると小3とあまり変わらなかった。
・ユニクロの服って「チャーリーとチョコレート工場」みたいなとこでフルオートメーションで作られているのかと思いきや、意外に人力で裁断して、人力で縫って作っていた。
・一流企業のWebサイトは大手の制作会社が作っていると思っていたら、意外にフリーランスの人が請け負ってこなしていた。

政治もきっとこれらと同じで、自分がその場に身を置けば拍子抜けするほどに「普通」なんだろうと思う。右翼・左翼、親中・反中、親韓・反韓、原発にまつわるあれこれ、何党とか何派とか、「こちら側」にいる私たちがそういった分かりやすいラベルによって色分けしながら見ているのと実態とはおそらくちょっと違う。一貫した主義主張の激しいぶつかり合いというわけでは必ずしもなくて、政治もやっぱり常に不完全で迷いがあって、使命感で自分を犠牲にしたかと思うと翌日には見栄のために嘘を吐いて後悔するような、私たち「一般人」とまったく同じごく普通の人間がそこで働いているのに過ぎないんじゃないかと思うのだ。

そう考えると、エラい人が好き勝手しないように政治を「監視する」というのはちょっと違う。そのスタンスだと、いつまで経っても私にとっての政治は結局エラい人のすることで、「分からない」「届かない」というモヤモヤを解消できない。そうじゃなくて、私とまったく同じように不完全な人間が取り組んでいる「政治」というごく普通の営みを、助け、支えなければならない。選挙というのは、私たちを代表して政治という仕事を行っている彼らを、私たちが「助ける」ためのいい機会なのだ。背中を押したり支えたり、ちょっと間違ってるんじゃないかと耳打ちしたり。

思い返せば、学級委員も生徒会長も飲み会の幹事も、全ては生徒や参加者の協力なしにはうまく機能しない。それと同じことだ。

自分がどういう意識で政治に関わればいいのかが、前よりようやく少し見えてきたような気がする。


 

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