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テロリストとわたしたち

人質を取って身代金を要求することを正しいとは思わない。けれども、世界のどこかにはそういう行動を起こすに至る衝動を生む何かがあり、そこに望みをかけたり勇気づけられる心もまたあるのだと考えると戦慄する。ジャーナリストというのはそういう戦慄に心を衝き動かされた人なのではないか。後藤さんをISISとグルだと言ってるような人たちまでいるようだけれど、日本でパソコンの前に座って情報を消費しているだけの身には、その戦慄の重みが分からないかもしれない。もちろん、自分自身を含め。

…という日記を書いたまま放置していたら、どうやら湯川さんは殺害され、「クソコラグランプリ」が持ち上がった。

クソコラグランプリ、「不謹慎だ」という批判が的確かは分からない(そもそも不謹慎って何。お葬式でげらげら笑う不謹慎と、状況そのものを悪化させる恐れがある今回のでは非難されるべき点の本質がまるで違うと思う)けど、良識ある市民なら目くじら立てて怒らなければならないことなんじゃないかと思う。でも、どうも怒りが沸き上がらず、面白いとさえ思う。そんな自分に対して少し不信感がある。カンニングが問題になった後の京大の入試の、「精鋭たち、知恵袋にて待機中」を見たときに感じた面白みによく似ていて。

笑う面白さではなく、興味という点で言えば「これが現代の戦争(ではないけれど)か」と、目からウロコの感じ。「国家」や「テロリスト」が最前線で火花を散らしている間に、それぞれの構成員たちがもっと早く、深く、ごく普通に繋がりを持ってしまう。クソコラを作る人々は、決して一部の海外紙が言うように「恐怖にユーモアで対抗」してるんじゃない。ネットの匿名の関係性の中で、リアリティのないままただ悪ふざけして遊んでいるだけで、湯川さんや後藤さんの顔を丸く囲んでコピペしてる作業を思えば、そこにはやはり少しも共感できない。けれども、そこで起こったこと、ISISの構成員までもが絵文字やコラージュを送り返してきたことには、なんだか涙ぐみたくなるような明るい可能性があるんじゃないかと思った。ここで起こっていることはあまりにも馬鹿馬鹿しいけれど、その馬鹿馬鹿しさの地平に立っている点において、コラージュを作る日本人とISIS構成員は同じだ。話の通じない恐ろしいテロリストというよりは、何が面白いだろうか、何が人を笑わせるだろうかと頭を悩ませながらPhotoshopを操っている若者の姿が目に浮かぶ。

「残虐なテロリスト」も、「自分たちは平和ボケして、敵方に莫大な支援を行う面の皮の厚い日本人」も、実はコミュニケーション可能な同じ人間なのだ。もし、その点を人々がとても大きく感じるようになっていけば、これからの戦争は国と国、国と組織が憎み合ったとしても、その構成員たちによってほどけていってしまうかもしれない。今回のクソコラでは、笑っていてはいけないと思う一方で、人間としての生理的な笑いの刺激と、明るい未来の夢を見せられた。ただ、後藤さんはまだ厳しい状況にある。


 

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