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正しいこと、とは

Huluで何となく選んだ『十二大戦』を見る。人間なのか人外なのか、微妙なラインの(明らかに超常的な能力の持ち主たちだけれど、人外と突き放しきれない)登場人物たちが、ありえそうでありえなくて、でもありえそうな世界で闘い合う。その設定の自由さに、でも簡単に納得させられるのは西尾維新という人の凄さだろうか。

単純に面白かったのだけれど、うーむと考えさせられたのは最強の戦士と設定された丑の失井。ひたすら正しく、ひたすら強いという設定なんだけれど、彼が寅の妬良に「どうすればそんなに正しくあれるのか」と問われた時の、「まず、正しいことをしようと思う。そして、する。」という返答には、まったくその通りだなあと思った。「いつの間にか道を踏み外したとか、ただ何気なく間違ったことをしたということはあるけれど、知らないうちに正しいことをしていたということはない。正しいことをするには、正しい意志が不可欠なのだ。」この言葉が事実として正しいのかは考える余地があるけれど、少なくとも人間が日々を生きる上ではこの言葉は間違いなく正しい。

とすれば、そんなに努力しなければ得られない「正しい」とはどういうことなんだろう。なぜ正しいことにはいつも努力が必要なんだろう。それはつまり努力そのものが正しいということなんだろうか。

この言葉に出会ってから、自分の心の動きに少し客観的な視線を向けてみて、正しい意志を持とうとする。けれども、意志が弱いんだろう、それが実行に結びつかない。失井は「正しい意志を持ちながらその実行を迷うのは愚だ」と言っていたけれど。「正しいこと」の実行に道のりは遠い。ほんとに、ここで言う「正しいこと」なんて、食べたらすぐに洗い物をするって程度のものなんだけれど。そんなことすら、今の自分の意志の力ではコントロールできていない。


 

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